CAP経済って何だろう?(日経エコロジー;2004年4月号)

温暖化ガスの排出に量的な制限が課せられた経済のこと。日経エコロジーの造語。今後、京都議定書が発効すると、批准した先進国は、決められた割当量(キャップ)内で温暖化ガスを排出する「キャップ経済」に移行することになる。

温暖化ガスの約9割は、化石燃料起源の二酸化炭素(CO)が占めるため、「化石燃料の使用制限」と言い換えることもできる。京都議定書の枠組みでは、国内での温暖化ガスの排出削減のほか、補完的手段として、排出枠に余裕のある国と排出権取引したり、途上国でのCO削減プロジェクト(CDM)に出資し、排出権を得ることなども認められている。

キャップ経済への移行にともない、政府は削減目標を達成するために、国内対策を強化する。その矛先は政策効果を担保しやすい企業に向かいやすい。欧州では、CO排出量に課税したり、各企業にキャップを割り当て、排出権取引やCDMを認めることで、CO削減や排出権獲得を促す政策が採用されている。

キャップ経済のもとで成長を持続するには、革新的な省エネ技術や炭素含有量の少ない燃料への転換、成長の対価(環境税や排出権購入)に耐えられるだけの付加価値の高い事業が求められる。

<想定事例シナリオ:2010年5月>

上場企業の2010年3月期決算が出そろった。中国市場のおう盛な需要がけん引役となり全体として増収増益になる見通しだが、国内生産が増した鉄鋼、パルプ、そして液晶、半導体各社は、二酸化炭素(CO)排出枠(キャップ)を大幅に超える企業が相次ぎ、排出権をいかに手当てしたかで、利益面で明暗を分けた。

ロシアが排出権を小出しにしている影響で、排出権取引市場では1t-CO当たり約3000円に高騰しているなか、液晶A社は、排出枠を超えた13t-COを市場から調達せざるを得ず、39000万円の営業外損益を計上、増収減益となった。一方、鉄鋼B社は、投資していたCDM(クリーン開発メカニズム)プロジェクトが立ち上がったことで、排出枠を超えた53t-COをCDMからの排出権で賄うことができ、排出権獲得にともなう営業外損失が発生せず、増益を確保した。

そんななか、半導体C社はすでに工場での天然ガス転換を完了し、クリーンルーム不要の画期的な半導体製造プロセスが軌道に乗ってきたため、生産量が10%伸びたなかでも排出枠を5%下回るCO排出を実現。この結果、余剰分の10t-COを市場3億円売却、半導体の販売増と合わせ2ケタの増益を達成した。

京都議定書が発効した後には、こんな世界が待っているかもしれない。「CO排出枠」という新しい経済活動のルールが登場。それを境にしたCO排出量の増減が収益に直結する。COを削減できる革新的な技術力が、企業の資金力を左右する。財テクならぬ、COリスクを管理する「排出テク(排出量管理テクニック)」の巧拙が、企業にとって必須の経営ノウハウになる。

<拡張概念>

日経エコロジーは単に温暖化ガスの排出制限のみに定義を限定しているが、頭を抑えられるのは温暖化ガスに限らない。先ず考えられるのが最終処分場の用地取得限界に伴う産業廃棄物や一般廃棄物の排出量の抑制が急務となるであろう。この問題は排出権取引という逃げ道がないだけに、産業界に与える影響は温暖化ガスの排出抑制の類ではない。

産業界はこぞってゼロエミッションに取り組んでいるが、全体の排出と使用とをバランスさせ物質収支を完結させることは一私企業の力では遠く及ばない問題であり、地方自治体や、国が音頭を取り強力に推し進める必要がある。

次に来るのが化石燃料や天然鉱物資源などの枯渇に伴う使用制限であろう。この問題の解決には、現状の省エネ・省資源程度では追いつかず、製造ラインの革新的変更や、製品設計の根本的見直しが必要になるだけでなく、消費構造全体を大きく変えるような社会構造の改革まで手を付けなければならない。


「生産革命」を進めるセイコーエプソンとキャノン

製造プロセスを根底から改革 キャップの試練が工場を変える
キャップと成長を両立させるには、「乾いたぞうきんを絞る」発想では限界だ。
製造プロセスを根底から見直すような新しいモノづくりの発想が求められる。
エプソンはクリーンルームの極小化に、キャノンはセル生産方式に挑む。
セイコーエプソン 半導体の製造工程を改革 需要変化に対応、COも削減

 「これは改善や改良といった程度のことではない。改革とも呼べること」。セイコーエプソン社会・環境本部地球環境推進部の平島安人課長が「改革」と呼ぶのは、同社が進める半導体製造工程の見直しのことだ。

 セイコーエプソンは、2010年のエネルギー使用量を、1997年比で60%減、つまり半分以下に減らすという大胆な目標を、98年に掲げた。以来、蛍光灯を40Wから36Wに切替えたり、新築工場の断熱性を高めるといった、事業所や工場で380に及ぶ項目を挙げて省エネに取り組んでいる。だが、「これだけでは60%削減を達成するのは無理。抜本的な改革が必要だった」(平島課長)

 同社の事業でエネルギー消費が最も多いのは、クリーンルームで行う半導体や液晶などの電子部品の製造工程だ。半導体は「月産1000万枚規模の大量生産に適した、大型工場で製造する。工場は全体がほぼクリーンルームになるため、大量のエネルギーが必要になる」(平島課長)

 だが、半導体は需要の変動が激しいうえ、現在は顧客の仕様に合わせた特別注文品の少量生産が増えている。市場の変化に柔軟に対応するには、少量生産に適した生産ラインを、必要に応じて増減できる体制が望ましくなってきた。

 平島課長の言う「改革」は、いまの大量生産型工場を、小型の「ユニット」にすることで、月産1000枚規模の少量生産に適した生産体制を確立することを目指している。

 そのためには、従来の製造工程を見直し、現在の3割以下にまで工程数を減らす。現在、半導体は約300に及ぶ工程で製造される。おおまかな流れは、薄膜で覆った回路基板に樹脂を塗布し、感光させて回路パターンの模様を作る。回路パターン以外の樹脂を薬液などで取り除いて焼き固めた後、薄膜を除去する。複雑な回路をつくるには、この工程を何度も繰り返す必要がある。

 この製造工程の簡略化のカギとなるのが、同社のインクジェットプリンターで使われる技術を応用した「液体成膜技術」だ。まず半導体の基板の表面に、はっ水性の部分と、回路を描いた親水性の部分をつくり、導電性のある液体を親水性の部分に塗布する。従来のインクジェット技術だけでは微細な回路パターンの描画には限界があったが、はっ水性の部分をつくることで、親水性の部分だけに液体が凝縮し、微細な回路パターンの描画も可能になる。

 この技術を使えば、基板を導電材の薄膜で覆う「成膜」などの工程が不要になる。さらに工程間の搬送方法に改善を加えると、約300の工程数を約80に激減でき、生産ラインを小型ユニットにできる。成膜で必要な真空装置は不要になり、クリーンルームも極小化できる。エネルギー使用量は、大型工場の約16%にまで削減できるという。

 ユニット数を柔軟に増減して需要に対応できる生産体制を、同社は「拡張型ミニマムファブ」と呼んでいる。2005年をメドに検証を進め、2010年の実用化を目指している。

 当面の課題は、空調管理や純水の供給設備が、大型工場向けの大規模なものしかないということだ。設備メーカーの協力を得ながら、新たな設備の開発を進めている。

 1908年に発売された「T型フォード」は、石油時代の幕開けとともにベルトコンベア―を生産性の高い生産方式として製造業に広めた。だが、石油文明が転機を迎え、ベルトコンベアーも時代遅れになりつつある。

 キャノンは98年からベルトコンベア―をなくして「セル生産方式」に切り替え始めた。2002年秋には全工場からコンベア―がなくなった。

 コンベア―方式の場合、コンベア―前に並んだ作業員が一つの工程を受け持つのに対し、セル(小部屋)方式は、一人が複数の工程をこなし、一人から数人で完成品に組み上げる。

 キャノンは、延べ2万bのコンベア―を廃棄したことで、1738億円のコストを削減し、約5.4万tの二酸化炭素(CO)を減らした。これは同社のCO総排出量の約8%に相当する。

 「同じ製品を作り続けるなら、ベルトコンベア―は効率が高い。でもいまや商品の代替わりが早く、需要に合わせて多品種少量で生産する時代になった。セル生産はそれに向いている」。キャノン・環境統括・技術センターの古田清人副所長はこう言う。

 ベルトコンベア―では、作業者と作業者の間にその都度、仕掛かり品(半製品)が発生し、生産品目を切り替えるたびに破棄する仕掛かり品が増える。セル生産の場合、一つの製品に携わる作業員が少ない分だけ仕掛かり品も少なくなる。ロス品の激減は、コスト削減とともにCO排出量も減らす。

 同時に、コンベア―が少ない分だけ製造に要する床面積が少なくなる。それはコスト削減とともに空調に要するエネルギーが減ることになる。

 「動力を使うな!」。キャノンの工場現場では極力、エネルギーを消費する機械を使わない。まず、セル方式でベルトコンベア―の動力が不要になった。加えて、これまで工具や、寸法を測る冶具を動力を使って移動させていたことも多かったが、置き方の工夫で、動力不要にした。

 「これまでは動力を使った自動化がエライという意識があったが、発想を逆転させた。ローテクでもエネルギーを使わない方法を評価するようにした」と、古田副所長は言う。

 セル生産方式では、一人の作業者が複数の工程を覚える必要があるため、生産性は作業者の熟練度に左右されることになる。そこで、キャノンは、2000年から全社的に「マイスター制度」を導入した。

 完成品に組み上げるのに標準的に2時間以上かかる、比較的構造の複雑な製品を一人で組み上げる作業者に対して、「マイスター」の称号を与える。作業服にワッペンを付け、士気を高めている。これまでに50人のマイスターが誕生した。

 マイスターが複数いれば、製品を組み上げるのに一人で担当させられるし、複数人でチームを組ませることもできる。生産量に応じて「一人セル」でも「複数人セル」でも編成でき、より柔軟な生産調整が可能になる。

 大量生産時代のモノづくりの発想を大胆に変えることが、コストとCOを大幅に減らすことにつながる。

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