欧州は経済と環境の両立に苦闘。市場原理主義の日本は2周遅れ(日経エコロジー2004年9月号)

経済評論家 内橋克人(談)

 日本はいま、欧州などから冷笑の対象となっています。それは、ひたすら市場競争を徹底させようとする経済政策に対してです。「市場原理主義一元支配」とでも呼べるこの考え方は、米国から引き写した「翻訳経済学」にすぎません。

 欧州は、既に市場原理主義との苦闘を超克し、いまは経済と環境を両立させながらいかに人が豊かになるか、という次の苦闘に移っています。

 米国の力が強いので、彼らが主導する市場原理主義はいまだに強く見えます。しかし、マネーが人を支配するような経済社会に対抗し、人間が主役になり、経済成長ではなく経済の「質」を高めるような新しい思潮が、欧州を中心に大きなうねりになっています。それは、これまでとは次元の違う持続可能な社会への模索です。

 こうした新しい思想のうねりから取り残されている日本は、欧州から見ると2周遅れています。

 新しい次元の経済社会は、「競争セクター」と「共生セクター」が共存するでしょう。規制緩和で強者をより強くするやり方は、必ずしも社会全体を豊かにしません。米国では、年々貧富の差が広がっていますし、日本でも、出生率の急速な低下など、その弊害が顕在化し始めています。

 環境保全やエネルギー分野などでは、政府にも一定な役割が求められます。日本は、明治以来、官僚による経済統制が強すぎたため、規制緩和という形でその権力を奪おうという声が大きい。それは「官僚征伐」とも言えるゆがんだ感情に根ざしています。経済と環境を両立させ、人が主役の経済の実現には、正当な「規制」もあります。

 企業にも新しい発想が求められます。これまでは、「いかに作るか」がメーカーにとって最大の課題でした。しかし今後は、「いかに作らないか」という“モノづくり”が必要です。モノを作らないで人々を満足させること、つまり「いかに使うか」が事業の中心になります。それによって、短サイクルの商品戦略が改まり、大量生産、大量消費、大量廃棄の経済から脱却できます。

 日本は、かつて石油危機をバネに、革新的な省エネを進めました。1980年代までは、環境との両立という面で世界をリードしつつ良い方向に向かっていました。しかし、90年代から道を間違い、そうと気づかないまま来てしまいました。

 ただ、希望もあります。こうした話をすると若い人ほど敏感に反応してくれます。40歳代の若手の学者が有志で集まり、市場原理主義の限界を研究する勉強会もあります。首都圏に比べ経済の落ち込みの大きかった地方では、市場原理主義の限界に気づいた人々が着実に増えています。

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