ストックを上手に使いこなすサービス経済の時代に

経済活動の中心はどんどんモノを作るフローの時代から、既存品であるストックを使いこなす時代へ変ってきている。

三橋規宏(千葉商科大学政策情報学部教授)

 日本は成熟社会に入っている。人々の欲求は「もっと多くのモノを」から、「心の安らぎ、自然環境重視」に大きくシフトしている。経済構造もモノをどんどん作る時代から、ストック(既存品)をうまく利活用する時代へ変っている。

経済学で使うフローとは、一定期間に新たに作り出された付加価値の総額である。例えば、1年間に新たに作り出された付加価値の合計はGDP(国内総生産)にほかならない。GDPはフローの概念である。

一方、ストックとは、一定時点で存在する経済財の存在量だ。国の財産である国富(土地や建物、さまざまな機械設備や自動車などの固定資産などの合計)は、典型的なストックの概念である。同様に1年間に新たに造られる自動車の生産台数や新設住宅戸数は、フローの概念だが、個人や企業が保有している自動車所有台数や住宅総戸数はストックの概念である。

フローとストックの間には、密接な関係がある。ある年に生産されたフローのうち、その年に消費されたり、火災などで消滅してしまった部分を除いたフローは、翌年のストックに積み増されていく。

例えば1年間に120万戸の新築住宅が建てられたとする。このうち、10万戸が火災や突然の災害で消滅したとすると、その分を差し引いた110万個が翌年の住宅ストックに新たに加わることになる。

同様にストックの一部も災害で消滅したり、寿命が来て取り壊されてしまう。その分は当然ストックから抜け落ちる。

戦後の日本は、戦争で多くの住宅や工場、鉄道や道路、港湾などのストック(経済財)を失い、極端なストック不足に落ち込んだ。ストック不足を解消するためにはフロー重視の政策を積極的に推進し、製品や社会資本をどんどん作り、それをストックとして積み増していくことが必要だった。そのための最も効果的な政策が、高度経済成長政策にほかならなかった。

具体的には、政府主導で積極的に道路や鉄道などの社会資本を作り、蓄積していく一方、大量のモノを生産し、普及を図る政策が推進された。

その結果、現在の日本には、鉄道や道路などの社会資本、住宅、学校、病院、音楽や絵画、さらにスポーツなどが楽しめる様な文化施設も充実した。自動車やカラーテレビなどの製品も限界近くまで各家庭に普及し、日本は世界有数のストック大国になった。

それと歩調を合わせるように、人々も、モノよりも心の豊かさを強く求めるようになった。内閣府が定期的に実施している「国民生活に関する世論調査」を見ても、物的豊かさよりも、自然との触れ合いやゆとりある生活など心の豊かさを求める声がここにきて急激に増えている。2002年度調査で、初めて心の豊かさを求める割合が60.7%と60%の大台を超えた。その後も年によって多少の変動はあるものの、心の豊かさを求めるトレンドは変らない。

経済活動の中心もどんどんモノを作るフローの時代から既存品、つまりストックをうまく使いこなす時代へ変ってきている。モノをどんどん作る代わりに様々なサービスを提供することにより、脱物質化社会が実現し、質の高い生活が営めるようになる。サービスが日常生活で大きな役割を果たす経済が、サービス経済である。

フロー重視時代の経済は、モノ不足が深刻だったため、様々な製品を大量に作る必要があった。このため、商品構成に占める新品の割合が極端に高く、既存品の割合は低かった。この時代は、新品を大量に作り出す分野に大きなビジネスチャンスがあった。

これに対し、ストック重視経済の商品構成は、新品のウエートが大幅に低下し、既存品、つまりストックの割合が高い構造に変っている。

このような商品構成の下では、新品をどんどん作る分野よりも既存品を上手に使いこなし、活用する分野において様々なサービスやシステムが生まれ、それが新たなビジネスに成長していく。

新品をうまく使いこなし、活用する分野としては、例えば修理、中古、リユース、リサイクル(再資源化)、リース、レンタル、マッチング(紹介)、コンサルタント、IT(情報技術)を使ったシステムサービス、水・空気・土壌汚染の浄化、自然復元、エコファンド、グリーン融資(環境分野への優遇融資)などが挙げられる。

今をときめく自動車産業の市場規模は2001年時点で、約36兆円である。売り上げ構成で見ると、ハードである新車の売り上げは約11兆円で全体の3割を占めるにすぎない。残りの7割は修理、中古車販売、自動車保険などサービス部門の売り上げだ。自動車産業は市場規模から見ればいまや、ハード産業というよりもサービス産業と呼ぶ方が適切である。

自動車産業のサービス化の背景には、自動車の高いストック比率が指摘できる。日本の自動車保有台数(ストック)は、7000万台強である。それに対しフローとして毎年積み増しされる自動車台数(新規登録台数)は、約600万台である。9割以上がストックである。

一方、推定廃車台数は約500万台だ。このことは日本の自動車需要のかなりの部分が買い換え需要によって支えられていることを示している。ストックとしての自動車を上手に長く使いまわすために修理や中古、自動車保険などのサービス分野が大きくなっていることが分かるだろう。

製品を購入するのではなくその機能・サービスを購入するサービサイジングの分野としては、古くはレンタカーや複写機のリース、レンタルなどがある。最近は消費財についても、モノを売らずにサービスを売るニュービジネスモデルが登場してきた。

松下電器産業では、工場や事業所で使う業務用の蛍光灯を売らずに「あかり」を売る、「明かり安心サービス」の販売を始めた。蛍光灯の所有者は松下で、使えなくなり、廃棄する場合も、廃棄物処理法に基づいて松下が責任をもって適正に処理するので、ユーザー側は廃棄処理で頭を悩まさずに済む。

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