これ以上速く生きてどうするの?

冒険家     
関野吉晴(談)

これからの人類の進歩とはシンプルに生きること

人類が地球全体に広がっていった足跡を辿る『グレートジャーニー』を終えて感じたのは、人にとって「技術の進歩」というのは、実はそんなに大切なことじゃないということなんです。例えば、道路事情の悪い国に時速200qで走れるクルマがあっても無駄でしかない。最近の携帯電話にしても、私自身、マニュアルなんて読まないし、ほとんどの機能を使っていない。無駄をなくす、シンプルにするという方向に、何とかヒントがある気がするんです。既に、地球全体のことを考えると、エネルギーはできるだけ使わない方がいい時代になっている。「速く」「大きく」ばかりではなく、蓄積された技術を、資源を使わない方法に結び付けるべきなのではないかと感じています。

60億の人々には、60億通りの楽園がある

世界中を旅してよく聞かれるのが、「どこに住みたいですか」という質問です。言い換えれば、世界の中で「楽園」や「桃源郷」に出合ったことはあるかということ。でも、人は、当たり前に言葉が通じて、慣れ親しんだ文化の中で暮らすのが最も幸せなんです。マイナス30℃の環境で暮らす極北の人達が、マイナス10℃の晴れた日に「アフリカみたいに暑い」と言っていたことがある。多くの日本人には「楽園=南太平洋の島」みたいなイメージがあるけれど、彼らにはそんな場所、灼熱地獄でしかない。人は自分の価値観を普遍的なものだと思い込むけど、60億の人間がいれば60億通りの「楽園」があることを、ちゃんと認めなきゃいけないんです。

強い者が勝つとは限らない。どの世界にも抜け道はある

チンパンジーのメスは5年掛けて子育てをする。その間は発情しないので、群れの中で発情しているメスは貴重で、強いオスが独り占めしようとするんです。でも、ちゃんと弱いオスが好きなメスもいて、密会したり駆け落ちしたりする。アラスカのムースの場合も、強いオスは多くのメスを従えて大ハーレムを作ります。でも、そのハーレムの周囲に、決してボスに戦いを挑まない若いオスがうろついている。そいつらは、ボスが挑んできた別のオスと闘っている隙を見つけて、さっさとメスと交尾して子孫を残していくんですよね。強固に見えるしがらみや社会にも、必ず抜け道ってあるんです。大切なのは、その道をみいだして挑戦する、知恵と勇気なんでしょうね。

(日経ベンチャー:日経BP社、2004.12

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